自分の骨壷（こつつぼ）を焼く老紳士

『昔は生きていくことそれ自体がなかなかのことであったので、長生きをしていることは、心身共に強靭さをもつことの証拠でもあったわけで、老人が一般の尊敬を得ていたのも、当然と言えるかも知れない。しかし、現在のように医学やそれに関連する科学の急激な発展によって「長寿」が可能となってくると、変な表現だが、長生きする心身の準備ができてないままに、長生きさせられたような老人が存在することになる。これは、心身の準備がないままにヘリコプターに乗せられて高山に来たようなものである。その人は、高山の素晴らしい景観を楽しむどころか、高山病の苦しさに耐えかねる思いをすることであろうし、いっそのこと下界へ向かって身を投げたいとさえ思うかもしれない。』

家族関係を考える　河合隼雄著　講談社現代新書　１９８０年　より引用



今日もお越しいただき、ありがとうございます。

ちょっと引用が長すぎましたか。
河合隼雄は歳をとるのに『心身の準備』が必要と言っています。

この文章が世に出たのは実に今から２８年前なのですね。２８年前にこれを読んでいれば準備が間に合ったのではないかと思われる方が、私の知っている方にも何人もいらっしゃいます。

自分自身を持っている人はどんな状況に置かれても生き生きとしているという感じのことを前に書きました。
この『自分自身を持つ』というのが、準備をすることにあたると私は思います。

ちょうど昨日診察していたおじいさんが、突然こんなことをおっしゃいました。彼はいま数えで白寿。つまり９９歳です。
「わしは若い頃から、１００まで生きると決めとったのさ」
なるほど。まさに準備万端ですね。

で、実際のご様子はというと。

この方、最近は特に足腰が弱ってきてしんどそうに見えるのですが、
「わしのように幸せなものは、ようおらん（あまりいない）」と言って笑います。
「腰が痛いくらい、どうってことないよ」

心配事や悩みはないかと聞いても、
「そんなもん、あるかいな？」

また、旅立ちのことについても、
「もういつ死んでも悔いはない。でもね、先生。折角ここまできたんだから、１００まで頼むよ」とか、
「わしが死んだら、先生、診断書頼むよ」などと笑顔でおっしゃいます。
人はいつか死ぬものという考えが、腑に落ちている状態と言えるでしょう。

そういえば、いつかこんな話もしてくれました。
「わしは自分の骨壷を作って、持ってるんだよ。生きているうちに自分の骨壷を作る者も、ようけおらんだろ」
旅立ちも笑い飛ばす威勢の良さです。

周りの者に対する気遣いかも知れません。

このような方がいらっしゃる事実を目の当たりにすることで、私の死生観はより磨かれたのです。本当に感謝しなければなりません。

でも寂しいからまだあちらに行かないでくださいね。
１００まではがんばって欲しいものです。

この方の『自分自身』がどんな感じなのかを的確に言い表すことは私には不可能ですが、なにかしらしっかりとしたものを持ってらっしゃるのは、肌で感じるところです。

菊地がお送りしました。ではまた！


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